短々編 - カメラマン

 

男1「床屋のパラドクス」

男2「……はい?」

男1「ご存知ですか?」

男2「いえ、映画か何かですか?」

男1「んー、ちょっとしたお話みたいなものでございます」

男2「はあ」

男1「その村には、床屋が一軒しかありませんでした」

男2「不便ですね」

男1「その床屋では、一人しか働いていません」

男2「回転悪そうですね」

男1「その床屋は、その村の、自分で髭を剃らないすべての人の髭を剃っていました」

男1「その床屋は、自分で髭を剃る人の髭は、絶対に剃りませんでした、とさ」

男1「はい、どう思いました」

男2「え?いやあ、髭くらい自分で剃ればいいのにって思いました。それに、自分で髭剃れる人の髭もちょっとくらいは剃ってあげてもいいんじゃないんですか?ずいぶん極端な床屋ですね」

男1「なるほどなるほど」

男2「で、それが何か」

男1「いえいえ、話の種でございます」

男2「いいから、早く写真撮って下さい」

男1「すみません、すぐに」

男1「私、このカメラマンが、最高のお写真を撮ってさしあげましょう」

男2「本当にあなたが撮るんですか」

男1「またまたご冗談を。こんなにカメラマンらしいカメラマンが他にいますか?」

男2「いやそうなんですけど」

男1「見てください、このスタジオ。カメラなんて無いでしょう」

男2「あなた自身がカメラだから要らない、と」

男1「左様でございます」

男2「聞いたことないですよ、カメラ人間なんて」

男1「ですね、私も他のカメラマンにはお会いしたことがございません」

男2「あなたはその、どっちなんですか?」

男1「どっち、とは?」

男2「そのー、“カメラが人間になってる”のか、“人間がカメラになってる”のか」

男1「…………カメラマンはカメラマンですから」

男2「すみません、なんか」

男1「いえいえ、それでは撮影して参りますよ」

男2「よろしくお願いします」

男1「何に使われるお写真なんですか」カシャッ

男2「さっき言ったじゃないですか、覚えておいて下さいよ」

男1「ああ、これは失敬。思い出しました。素敵なお写真にしましょう」

男1「でも、珍しいですねこのご時世。写真なんて人に頼まなくても撮れるのに」

男2「嫌いなんですよ、自分で撮るの」

男1「機械でも撮れるじゃないですか」カシャッ

男2「いやあ、やっぱり人に撮ってもらいたいな」

男1「私は“人”なんでしょうか」

男2「自分じゃなきゃ、誰でもいいんだ」

男2「あなたは“ご自分のカメラ”、というか“ご自身”しか使わないんですか?」

男1「体の一部ですからね。やっぱり、これが一番使いやすいですよ」カシャッ

男1「あなたみたいな、自分で自分を撮らない人を撮る、というのは、嬉しいものですね」

男2「そうですか」

男1「はい、すべて委ねていただいて、こちらも撮り甲斐があります」カシャッ

男2「ここって鏡ないんですよね」

男1「無いですね、あっても意味がないので」

男1「どうされました?アホ毛ならちゃんと立ってますよ」

男2「じゃあ、大丈夫だ」

男2「写真を撮ってる人って、なんかこうカッコいいですね」

男1「ありがとうございます」カシャッ

男2「人のために一生懸命な人って、いいですよね」

男1「仕事をしている人なんて、みんなそうですよ」カシャッ

男1「誰のためにもならない仕事をしている人なんていません」カシャッ

男1「そもそもそれは仕事じゃないでしょう」

男2「そういうものでしょうか」

男1「お仕事は何を?」

男2「モデルをやってました」

男1「え?そうなんですか?」

男1「あー、どうりで撮られ慣れてると思った」カシャッ

男1「じゃあ、撮られるご専門だったわけだ」

男2「撮る専門から見て、撮られる専門はどうですか」

男1「それはそれは、素晴らしい被写体ですよ」カシャッ

男2「僕が被写体なら、あなたは加写体なんでしょうか」

男1「さあ」カシャッ

男1「でも、モデルさんならわざわざここで撮らなくてもいいでしょうに」

男2「モデルの写真とは、また違うでしょう」

男2「それに、もうここじゃなきゃ撮れませんからね。目的忘れちゃったんですか」

男1「いえいえ、ご利用いただけて光栄です」

男1「あなたのような若い方は大変ですね」

男2「ちゃんと撮っておけば良かったな」

男2「いやまあでも、撮らなかったから、こうしてここであなたと会えているのか」

男1「ここへはどうやって?」カシャッ

男2「この村に来た時に教えてもらいました。『やり残したことはないか』と村長に聞かれて」

男1「それでお写真撮ろうと思ったんですか、流石はモデルさんと言ったところでしょうか」

男2「ところで、あなたも被写体としてはなかなかだと思いますよ」

男1「と、言いますと?」

男2「有機的な人間と、無機的なカメラの共存体」

男2「1つの画角に2つの要素が内包されている」

男1「私は、シンプルな方が好きですがね」カシャッ

男2「あなたは、自分で自分を撮ったりしないんですか?」

男2「ほら何だっけ、スリムコーポレーションみたいな」

男1「セルフポートレート

男2「セリフコラボレーション」

男1「セルフポートレート

男2「せせりソールドアウト」

男1「セルフポートレート

男2「ささみどうぞどうぞ」

男1「要りませんよ」

男1「……私はカメラマンですよ」

男1「自分で自分を撮らない人を撮るのが仕事です」

男1「それに、私は私を撮ることは出来ない」

男1「さあ、お写真が仕上がりましたよ」ヴィーン

男2「ポラロイド式なんですね、今時珍しい」

男1「はい、私の口から出てます」

男2「汚え!」

男1「冗談ですよ」

男1「さあ、いかがですか」

男2「どうでしょうかね」

男1「私は、素敵な遺影だと思いますよ」